会長挨拶

 

富山県社会福祉士会会員のみなさま、6月の総会で会長に就任することとなりました根津敦です。

 

今年の総会では新しい会長の選出とともに、多くの理事の入れ替わりがありました。今まで理事として会の活動に貢献していただいた方々に感謝を申し上げます。新しい理事となられた方々には今までの活動を引き継ぐだけでなく、新しい活動への取り組みにともに歩むことを期待申し上げます。

 

世界や日本、そして富山の昨今の社会福祉の状況については、会員それぞれ社会福祉士としての評価がおありでしょう。民主主義の担い手の一翼を担う国家資格を持つソーシャルワーカーである社会福祉士が集う会としては、倫理綱領に記される「平和を擁護し、人権と社会正義の原理に則り、サービス利用者本位の質の高い福祉サービスの開発と提供に努めることによって、社会福祉の推進とサービス利用者の自己実現をめざす」を、どのような困難な状況であろうと進めることが課されています。

 

ここに記されている「社会正義」はそれぞれの信条や立ち位置などによって意味するところが相違し、「社会正義」の名のもとに暴力・抑圧・弾圧が行われているに至っては、その意味する願意が揺れています。ソーシャルワーカーの倫理綱領でこの“social justice”を「社会正義」に、それとも「社会公正」に訳し表現するか、大きな議論があったと聞きます。最終的には「社会正義」となりましたが、私にはその結論から、積極的なかかわり(ソーシャルアクション)の意味をも含む表現となったと理解しました。

 

そのソーシャルアクションは、はたして実行されているかが、私たちソーシャルワーカーに問われています。新自由主義的グローバリゼーション(私訳は“搾取と欲望のからくり”)が席巻する中で、たとえば英国では、ソーシャルワークの復権をめざす運動体として闘うソーシャルワーク・アクション・ネットワーク(SWAN)が組織され、積極的な活動を展開しています。日本ではどうでしょうか。

 

私は「ちば社会福祉研究」(千葉県社会福祉士会第7号2001年4月発行)に、「ソーシャルアクションを」という題名で寄稿しました。投げかけた問いは、「なぜソーシャルワーカーは“元気に”活動しないのだろうか。あるいはできないのであろうか。」でした。当時の千葉県では、施設現場における理不尽な処遇や虐待や不祥事が相次ぎ、それを念頭に次のような提唱を書かせていただきました。

 

「自らがかかわっている当事者たちの悩みや偏見を理解しない社会の中で、ソーシャルワーカーは孤立しがちである。戦後半世紀以上も経ち、まがりなりにも整備されてきた制度の下で設立された長い歴史を持つ施設の中では、若いソーシャルワーカーは既存の体制に押し潰され、自らの志を曲げざるを得ないこともあろう。そのときこそ、社会福祉士会は、孤立しがちなソーシャルワーカーへのサポートが期待されている」「ソーシャルワーカーの“心の支え”にもなるべきであろう」「高く厚く複雑な現実の壁の前で、当事者とともに立っているソーシャルワーカーに、熱き応援団となるのが、社会福祉士会である」と。会長として、富山県社会福祉士会がこのような会になるための努力を尽くします。

 

私は1995年に日本社会福祉士会に入会していますが、会自体はその2年前に設立されたばかりでした。社会福祉士という国家資格の成立に向けて邁進された諸先輩の熱き想いにふれる機会もありました。その熱気の中で、1993年1月15日に読み上げられた日本社会福祉士会の「設立宣言」の最後の部分を記載させていただきます(全文は日本社会福祉士会ホームページで読むことができます)。この原点を忘れることなく、富山県の社会福祉士会が歩めるように、会員各位からのパワーをもよろしくお願い致します。

 

  • 我々「社会福祉士」は、次のように願う。 
  • 我々は闘う、全ての人々のより良き生活のために。 
  • 我々は憎む、非人間的な社会を。
  • 我々は愛する、全てのかけがえのない人々を。
  • 我々は援助する、謙虚な心と精一杯の努力をもって。

そのために我々は、明るい、さわやかな、実力を持った、柔軟で民主的 な専門職集団を結成したいと心より願う。 

 

ここに我々「社会福祉士」は、自ら負わされた課題と役割の重大さを深く 認識し、先に述べた願いを果たす決意をもって、「日本社会福祉士会」の設立を宣言する。

 

 

2017年6月11日(日)

富山県社会福祉士会会長 根津敦